「自分と向き合うって、結局どういうこと?」
そんなふうに思ったことはありませんか?
仕事もしている。
家族もいる。
毎日それなりに頑張っている。
でも、ふとした瞬間に、
「私、このままでいいのかな?」
「なんだか満たされない」
「本当はもっと違う人生を生きたい気がする」
そんな気持ちになることがあります。
自分と向き合うというと、過去を深掘りしたり、自分の弱さと向き合ったりするイメージがあるかもしれません。
でも、私はもっとシンプルなことだと思っています。
それは、「私は本当はどうしたい?」を、自分に聞いてあげること。
そして、その答えをなかったことにせず、少しずつ自分の人生に反映していくことです。
自分と向き合うとは?まずは「本当はどうしたい?」を考えること
私たちは、思っている以上に「こうするべき」で生きています。
「親だからこうしなきゃ」
「大人なんだから我慢しなきゃ」
「仕事なんだから頑張らなきゃ」
「嫌でも人に合わせたほうがいい」
もちろん、周りを大切にすることも大事です。
でも、いつも誰かの期待を優先していると、いつの間にか自分が何をしたいのか分からなくなることがあります。
だからこそ、まずは小さなことでいい。
「私は本当はどうしたい?」
「本当は嫌じゃない?」
「本当はどっちを選びたい?」
そうやって、自分の心に聞いてみる。
自分と向き合うことは、自分を責めることではありません。
自分の本音を、自分がちゃんと聞いてあげること。
私はそれが、自分らしい人生のスタートだと思っています。
自分と向き合う必要があるときに感じやすいサイン
何をしても満たされない
欲しかったものを手に入れても、仕事を頑張っても、周りから褒められても、なぜか満たされない。
そんなときは、「もっと頑張らなきゃ」とする前に、
「そもそも私は、何が欲しいんだろう?」
と考えてみてください。
足りないものを探すのではなく、自分が本当に望んでいるものを見ていくことが大切です。
周囲の期待を優先してしまう
「どう思われるかな?」
「迷惑かな?」
「期待に応えなきゃ」
そんなことを考えて、自分の気持ちを後回しにしてしまう。
人に優しい人ほど、この状態になりやすいかもしれません。
でも、人の期待に応えることと、自分の人生を生きることは別です。
人生このままでいいのかと感じる
大きな不満があるわけじゃない。
だけど、「このまま何年も過ぎていっていいのかな」と感じる。
その違和感は、もしかしたらあなたの中にある「本当はこうしたい」という気持ちが出てきているサインかもしれません。
同じ悩みを繰り返してしまう
相手が変わっても同じようなことで悩む。
仕事を変えても苦しくなる。
「今度こそ!」と思っても、また同じパターンになる。
そんなときは、環境だけを変えるのではなく、自分の中にある考え方や選び方を見てみることで、違う道が見えてくることがあります。
自分と向き合うためにできる5つのこと
今の気持ちを言葉にしてみる
まずは、今の自分が何を感じているのかを書いてみましょう。
「嬉しい」
「悲しい」
「ムカつく」
「寂しい」
「本当は嫌だった」
きれいな言葉じゃなくて大丈夫。
むしろ、最初は「ムカつく!」でも「もう知らん!」でもいいんです(笑)。
感情をなかったことにせず、「私は今こう感じてるんだ」と認める。
それだけでも、自分の本音が見えやすくなります。
「本当はどうしたい?」と考える
「どうするべき?」ではなく、
「本当はどうしたい?」
と聞いてみる。
ここがすごく大切です。
「仕事を辞めるべき?」ではなく、「本当はどう働きたい?」。
「この人と別れるべき?」ではなく、「私はどんな関係でいたい?」。
正解を探すのではなく、自分の希望を知るところから始めてみましょう。
他人と自分を比較しすぎない
SNSを見ていると、
「みんな楽しそう」
「私より成功している」
「私ももっと頑張らなきゃ」
と思うことがあります。
でも、他人の人生と自分の人生は別物。
誰かにとっての幸せが、自分にとっての幸せとは限りません。
「あの人はどうしてる?」より、「私はどうしたい?」。
ここに意識を戻してあげてください。
過去ではなく今の自分を見る
「昔はこうだったから」
「私はこういう人間だから」
「今までずっとこうしてきたから」
過去は自分を知るための大切な材料です。
でも、過去の自分が決めたことを、今の自分がずっと守り続けなくてもいい。
人は変わります。
だからこそ、
「今の私はどう感じている?」
を見てあげることが大切です。
小さな選択を自分で決める
いきなり人生を大きく変えなくても大丈夫。
今日何を食べるか。
どこに行くか。
誰と会うか。
疲れたときに休むか。
そんな小さな選択から、「私はこれがいい」を選んでみる。
自分で選ぶ経験が増えていくと、少しずつ「私はこうしたい」が分かるようになっていきます。
スピリチュアルな出来事を「自分を知るきっかけ」として考える
私はスピリチュアルなセッションを通して、たくさんの方のお話を聞いてきました。
その中には、
「なぜか同じ数字をよく見る」
「神社に行きたくなる」
「なぜか龍が気になる」
「偶然とは思えない出来事が続いた」
という方もいます。
こうした出来事を「何かのサインかもしれない」と感じることは、もちろんあります。
でも、私はサインだけで人生の答えを決めなくてもいいと思っています。
不思議な出来事に意味を感じるとき
大切なのは、「これは何を意味しているんだろう?」だけではなく、
「私はこの出来事を見て、何を感じたんだろう?」
と自分を見ること。
そこに、自分の本音が隠れていることがあります。
神社や自然に惹かれるとき
神社や自然に行くと、なぜか心が落ち着く。
そんなときは、「神様から何を言われているんだろう?」だけではなく、
「私は今、何を求めているんだろう?」
と考えてみるのもおすすめです。
休みたいのかもしれない。
静かな時間が欲しいのかもしれない。
自然の中で自分を取り戻したいのかもしれない。
同じ数字や動物などが気になるとき
ゾロ目や動物など、なぜか気になるものが続くこともあります。
それを楽しむのはいいと思います。
ただ、「この数字を見たから絶対こうしなきゃ」と決める必要はありません。
サインだけで答えを決めないことも大切
スピリチュアルは、自分の人生を誰かに決めてもらうためのものではなく、自分を知るためのきっかけのひとつとして使う。
私はそんなふうに考えています。
最終的に人生を選ぶのは、自分自身です。
自分と向き合っても答えが出ないとき
「自分と向き合えば答えが見つかる」
と思って、一人でずっと考え続ける必要はありません。
一人で考え続ける必要はない
考えても考えても分からないときってあります。
それは、あなたに考える力がないからではありません。
頭の中だけで考えていると、同じところをぐるぐるしてしまうこともあります。
誰かに話すことで気づけることがある
誰かに話してみたら、
「あれ?私、本当はこれが嫌だったんだ」
「私、こっちを選びたかったんだ」
と、自分で気づくことがあります。
話すことには、自分の中にあるものを外に出して整理する力があります。
大切なのは答えを押し付けてもらうことではない
誰かに相談するときも、「あなたはこうするべき」と答えをもらうことだけが目的ではありません。
大切なのは、自分自身の答えに気づいていくこと。
誰かの正解を生きるのではなく、
「私はどうしたい?」
に戻ってこられること。
それが、自分と向き合うということだと思います。
AgogStyleが大切にしている「自分と向き合う」という考え方
AgogStyleでは、「こうすれば幸せになれる」という一つの正解を押し付けることを大切にしていません。
なぜなら、幸せの形は人によって違うから。
誰かにとっては安定した会社で働くことが幸せかもしれない。
別の誰かにとっては、好きな場所で好きな仕事をすることが幸せかもしれない。
結婚して家族と暮らすことが幸せな人もいれば、一人の時間を大切にする人もいる。
大切なのは、「世間的に正しいか」ではなく、「私はどうしたいか」。
自分の本音を知って、自分で選んで、自分の人生を生きていく。
私はそれが「自分らしく生きる」ということだと思っています。
自分自身をもっと深く見つめてみたい方へ
もし今、
「なんだかモヤモヤする」
「このままでいいのか分からない」
「本当はやりたいことがある気がする」
「自分の気持ちが分からない」
そんな状態なら、まずは自分に問いかけてみてください。
「私は、本当はどうしたい?」
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
最初は「分からない」でもいい。
その「分からない」も、今のあなたの大切な答えです。
そこから少しずつ、自分の心の声を拾っていけばいい。
自分と向き合うことは、自分を変えることではありません。
今まで置き去りにしてきた自分を、もう一度ちゃんと迎えにいくこと。
私はそんなふうに考えています。
まとめ|自分と向き合うことは、自分の人生を選び直すこと
自分と向き合うことは、難しい自己分析をすることでも、過去を何度も掘り返すことでもありません。
「本当はどうしたい?」と、自分の心に聞いてあげること。
そして、小さなことから自分で選んでいくこと。
誰かの期待ではなく、自分の本音を大切にしていくこと。
人生は、一度決めたら終わりではありません。
「やっぱり違った」と思ったら、選び直してもいい。
今まで人に合わせてきたなら、これから自分を優先してもいい。
我慢してきたなら、もっと楽しいほうを選んでもいい。
本音で生きると、人生は動き出す。
自分と向き合うことは、あなた自身の人生を、もう一度自分の手に取り戻していくことなのだと思います。

